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日本のインターネットの歴史

2月 16th, 2010

前回世界のパソコンインターネットの歴史を見てみましたが、今日は日本のパソコンのインターネットの歴史です。

日本のパソコンのインターネットの基となったのは、1984年に東京大学、東京工業大学、慶応義塾大学の3つの大学が、お互いにパソコンで実験的にネットワークを結んだJUNEXがパソコンインターネットの始まりだと言われています。
この後、数多くの大学や企業がこのJUNETに参加して、パソコンのネットワークが広がっていったといわれています。

1988年にはパソコンの分散処理環境の構築とインターネットに関する研究開発でのWIDEプロジェクトというものも発足して、日本で始めてパソコンでIP接続をしてインターネットに参加したのです。
そしてNTTが日本の主要都市を結んだ光ケーブル網を完成させ、翌年アメリカ全米科学財団ネットワークへ接続されパソコンのインターネットを使ったといえます。このような流れで日本のパソコンのインターネットの歴史が始まりました。

この歴史のおかげで現在の通信に速度が高速化し、コストの大幅な削減につながってきました。
今ではこの歴史のおかげでインターネットがなくては不便な世の中になっていますよね、こういった歴史で普及に努めて頑張った人たちに感謝しなければならないかもしれませんね。

パソコンの歴史を見ていくと、近年になって急速に進化し歴史のゆっくりした流れとは違い日々進歩し続けています。
どこまで進化し、歴史として残るのかわかりませんが、あまり進化していくと付いていけない気もします。

ところで、最近サーバーハウジングを探していてコロケーションサービスというのを見つけました。
データセンターとして有名な会社のようですが、どうでしょうかね。一度使ってみたいと思います。

インターネットの歴史

1月 22nd, 2010

今のパソコンに欠かせないのがインターネットネットですよね。今日はそんなパソコン、インターネットの歴史を見ようと思います。

インターネットの歴史はさかのぼること1961年、アメリカのユタ州でテロが起こり電話中継地が破壊されてしまい、この事件により軍用の回線も一時的に完全停止してしまう事件があり、アメリカ国防省は核戦争時に従来の電話網では役に立てないと新しい通信システムの研究を始めることになります。
それがインターネットの歴史のはじまりですといわれているのですが、一体誰が開発し、いつ始まているものなのかと歴史を調べても実は意外にはっきりしていません。
インターネット開発で今では歴史的にも大きな進歩だと思い、大抵そういう人は名前をのこしているのですが、インターネットの歴史では依然として無名のまま歴史が作られいます。
例えば現在使われているものの歴史を見るとX線のレントゲン、電話のベルなどというように歴史的に大きな進歩を開発した人は名前も残っているのに、インターネットは誰が発明した?と聞かれると答えられないのが不思議ですよね。もし名前が残っていればパソコンの歴史に大きな功績を残す人として歴史に名前が残っているでしょうに。

インターネットの歴史をみると最初にARPANETが出てきます。4ノードからなる長距離パケット交換技術の実験などによりARPANETが開始され、。これが全米のコンピューター接続に拡大し国際接続まで成功することに。
それから色々研究が重ねられることになるのですがその間はちょっと端折って、今のインターネットの仕組みであるWWWが1991年にスイスで開発されてから本当のインターネットの歴史が始まったといってもいいのではないでしょうか。

コンピューターデバイスの歴史

12月 21st, 2009

パソコンの歴史を見ていくのに、パコソン本体の進化もありますが、デバイスも進化もゆっくりではありますが進化しています。

パソコンで必要不可欠なデバイスといえばキーボードではないでしょうか、キーボードはパソコンに何か命令を与えたり、文字を入力するのに大事な役割を担っています。
そんなキーボードの歴史をみてみましょう。

初期のコンピューターは大量のスイッチで命令をするといった低レベルなものでした。スイッチはonかoffのどちらしかありません。
つまり2進法でした。初期のコンピューターは人間がコンピューターに足並みを合わせていたのですね。
cpuの処理能力がある程度上がってくると、入力装置としてテレタイプという電波で文章を伝えることのできる機械が使われるようになります。これも2進法で送受信するというコンピューターと似たようなものでしたので、コンピューター用に少しいじるだけで、簡単につかうことのできるものでした。テレタイプの装置はタイプライターと同系のキーボードを持っていて、これがコンピューターとキーボードの初めての出会いでした。

現在のキーボードの配列はタイプライターから来ています。
qwerty(クワイティ)配列と呼んでいるのですが、キーボードの上段から順に並んでいるのでqwertyなんですね。
この配列はタイプライターの性能からこうなったのです。

ただ広く普及されましたが、機械的な制限から決められたものですので、人間工学などから考慮されて作られてはいませんね。特にコンピューターにはタイプライターのような制限がなくなったので、qwerty方式は今では意味を持たないものかもしれません。
人間工学などから配列を定め直したdvorak配列というものも考えられましたが、今でも一部の愛用者がいるだけで、普及はしませんでした。

世界で最初のコンピューター

12月 9th, 2009

今日はパソコンの歴史というより、コンピューターの歴史といった方がよいでしょうか?世界で最初のコンピューターのことについてです。
世界で最初のコンピューターと言われているのが、ENIACというアメリカで開発されたデジタル電子計算機です。

ただ、世界で最初のコンピューターと言われていますが、異論もあるみたいですね。ですがこちらがコンピューターの歴史を見ていく上で有名なのでこちらを取り上げました。
現在は解体されてはいますが、一部が博物館に保管されているようです。

ENIACは幅24m、高さ2.5m、奥雪0.9m、、総重量30トンと現在のパソコンからは想像もできないような大掛かりの装置で、設置には倉庫一個分のスペースが必要でした。

今のパソコンは2進法で計算を行うものですが、このENIACは内部構造に十進法が採用されていたみたいです。
プログラムをつくるのは、人が配線をすることによりプログラムが組まれるというものでした。現在のパソコンとは別ものですよね。
もともとはアメリカ陸軍の大砲の弾道計算を目的に作られ開発には2年の歳月がかかりました。完成するまでに第2二次世界大戦がおわり、当初の目的は達成しなかったようですが開発はつづけられました。

世界で最初のコンピューターとして広く知られていますが、当時特定の計算を行うデジタル電子計算機はいくつか存在していましたが、ENIACやそういったコンピューターを考えられていたおかげで現在のパソコンの歴史があるのですね。

アップル社といえば

11月 19th, 2009

ちょっとパソコンの歴史という部分から話はそれますが、現在大人気のipod、こちらを作っているのは米国のアップル社だとはみなさんご存じだと思います。
アップル社の製品は外観が美しく操作性もよいので、根強い人気を誇っています。アップル社といえばmacですが15年前ほどにはOSが不安定といった評価が定着していましたね。現在ではそんなこともないのですが。

このmacの生みの親。スティーブ・ジョブズは1977年、盟友スティーブ・ウォズニアックらとともにアップル社を法人化しました。
同年リリースされたappleIIの大ヒットにより1980年には株式公開を果たし、会社は順調な成長をとげます。
ですが妥協を許さない完璧守秘からくる独断性ン高の振る舞いなどから、ジョブズは時世代パソコン・リサの開発プロジェクトから外され、社内で別に動いていたmac開発を率いrことになり、1984年にmacは発売されました。
macはヒットしたのですが、ずさんな需要計画などによってアップル社に赤字をもたらし、自分の所有するアップル社の株式1株だけ残し、ほかの株を売却して社を去ることになりました。

アップル社もウィンドウズ95の大ヒットにより、次第に苦境に立たされていきます。
そんななか1996年、アップル社は時期macOSの外部調達を決断します。そこで採用されたのはジョブズが立ち上げたnext社のOPENSTEPでした。こうしてジョブズはアップル社に復帰するのです。

その後、macOS8をリリース、imacの大ヒットと続きアップル社のらしさを取り戻します。ipodも大ヒットしていますね。
このアップル社の歴史を語ることで欠かすことのできないジョブズ。ライバル企業の経営者をも惹き付ける人間的魅力で知られていますね。

日本のパソコン黎明期

11月 9th, 2009

ところで日本におけるパソコンの歴史はどうなのでしょう。
パソコンの料明記においては主にアメリカからの輸入品と互換機によって占められていましたが、次第に独自アーキテクスチャの製品を製造販売するようになって、発展途上の処理能力に乏しい時期には日本語処置に独自の漢字表示機構を必要などした事情から、一時代を築きました。
しかし、処理能力の向上により漢字ひょじもソフトウェアにて実現することが可能となったため、現在ではウィンドウズおよびPC/AT互換機の組み合わせが普及することになりました。

日本でのパソコンの料明記にはアメリカと同様にエンジニアなどが独自に部品を調達して、ワンボードマイコ等を設計製作し、または輸入されたキットなどが秋葉原での電子デバイス店などの小売店で細々と売られる程度でしたが、アメリカでアツティア8800とその互換機が登場するとこれらの輸入品をおもに取りあつかう店舗も登場するようになり、個人向けマイクロコンピューターの歴史が始まりました。

その後、国産のマイコンに連なる最初のパソコンのもととなる製品は日本電気こと現在のNECからはtバイされたTK-80というものでした。もともとは8080互換マイクロプロセッサの評価・教育ツールでした。
本家のインテルでは評価キットにテレタイプ端末を壮だ鄭したデバッグモニタがついた高性能の物を発売しましたが、高価で流通はしませんでした。
これに対してTK-80は16進キーボードとLED表示器がついただけのものでしたが、企画当初の予想を超えたベストセラーになりました。

IBMの撤退の歴史

10月 13th, 2009

パソコンのスタンダードとなったwindowsパソコンはもともとはIBMが作ったPC/ATというパソコンが元になっているのはしっていますよね。
ウィンドウスのパソコンのことをPC/AT互換性機やDOS/Vパソコンと呼ばれるのはこの為です。
アップル者もOSもハードも自社製品にこだわってパソコンを作りますが、IBMはOSにマイクロソフトのMS-DOSを採用し、なおかつ自社で作ったパソコンであるPC/ATの内部仕様を公開しています。

日本の歴史では日本語をあつかう為ハード的に日本語を処理する機能が必要なのです、その為日本語を扱えるPCというのが、事実上PC-9800シリーズしかない状況です。そのような状況の中1990年IBMがMS-DOSに日本語のソフトウェア的に処理する機能が付いているDOS/Vを発売の為これにより海外に向けて販売を行う国内メーカーのパソコンをはじめ、世界中のPC/AT互換機パソコンで日本語を扱えるようになります。そしてそれらのパソコンが国内市場に抽出することになってパコソンの低価格化と普及が進んだのですが、2004年にIBMはパソコン事業から撤退が決まることに。事業を継続しても負債を重ねるだけと判断した結果なのでしょうが、現在のパソコンの基礎を築いたIBMが撤退というのは衝撃を受けたパソコンの歴史的なニュースだと思います。
このことは一つのパソコンの歴史の時代が終わったといっても過言ではないでしょうね。

パソコンの歴史を築いてパソコンの巨人といわれるIBMですがパソコン事業は中国最大手のレノボグループに売却され、これによりレノボは世界第三位のパソコンメーカーになることに。これからのパソコンの歴史がどうなるか楽しみですね。

PCの歴史:IBMの誤算

9月 9th, 2009

パソコンの歴史をみていくとIBMがオープンアーティクチャにしたおかげで互換性のあるパソコンというのが増えてきました。ですが内部公開するということは違う会社も同じパソコンを作れることになりますよね。売れている互換性のあるパソコンを作ればまた売れることになります。

このためコンパックやデル、東芝、NECもPC/TPの互換機を発売し始めました。パソコンの歴史としてみれば各社が競い合って安く性能のいいパソコンが出来るということでいいことなのですが、そのPC/PTの最初の発売元のIBMは次第に自分の会社のパソコンから手を離れることになりました。IBMの貢献はすごいことなのですがIBMとしてはこのことは誤算だったのでしょうね。

これを受けてIBMは次に発売したものはクローズオープンアーキテクチャにしたのですが、もう時代は互換性のあるパソコンにユーザーが流れていて結果的に互換性のあるメーカーに軍配があがりました。

パソコンの歴史をみても今の時代も各メーカーが自社専用の規格をめぐってシェア争いをしています。この前あったブルーレイvsHDDVDもそうですよね。

専用サーバ1Uサーバーも今ではどこのメーカーを使っても互換性のあるものになっています。ユーザーからするとどんなに性能の良いものでも互換性がないととても使いつらいものになります。パソコンの歴史をみてみるとわかるのですが、誰でも使えるということがまず大事ですよね。

PCの歴史:巨人IBM

7月 25th, 2009

世界でのパソコンの最初の歴史を見てきましたが、日本のパソコンの最初の歴史といくのはどうなんでしょうか?
日本で最初に発売されたパソコンというのはアルテア8800が発売されて2年後。日本電気㈱(NEC)がマイクロプロセッサの需要の拡大を狙って発売したTK-80だとい言われています。その当時での発売価格が10万ほどでした。現在からみると子どものゲームより性能の低いものですが、当時としては画期的な低価格でした。そんなTK-80のスペックはCPUがμPD8080A メモリが512バイト。
これが発売されることになって日本でもマイクロプロセッサのブームがやってくる歴史があります。

それから世界のパソコンの歴史というのは急速に発達していきます。日本でもメーカーごとに異なるアーキテクチャのパソコンが発売されたのですが、そのころ海外ではパソコンのアーキテクチャは一つに絞られ始められていました。
というもはあのコンピュター業界の巨人ことIBMのPCアーキテクチャです。今現在互換性のあるルーツを作ったのはこのIBMPCが誕生したためなのです。1981年に発売されたIBMのPCは発売後すぐさまヒットして現在のパソコンの歴史に大きな影響を与えた会社の一つです。
コンピューター業界の巨人IBMといわれるようになったのもこのおかげだと思います。

現在パソコンでマックでもウィンでも色々なものがダビングできたり、サーバー販売でサーバーを買えばすぐ自宅でもサーバーが設置したり出来るようになったのも、IBMでの規格統一のパソコンの歴史があったからかもしれませんね。

PCの歴史:世界で最初のコンピューター

6月 20th, 2009

前回も少し書きましたが、パソコンの歴史を見ていくとビルゲイツの偉業が見えてきます。
パソコンの歴史でビルゲイツが何をしたかというと、前回も書いたようにアルテア8800の言語「BASIC」を開発した所から始まります。

ポールアレンとゲイツはBASICを開発したと、MITS社のディレクターとなりゲイツとともにアルテア8800用BASICを販売する現在ではパソコンの最大の企業マイクロソフト社を設立しました。最初のマイクロソフト社はmaicro-softとハイフンが入っていましたが、今では省略されmicrosoft社となっています。

パソコンの歴史でいうならこのMITS社のアルテアが最初のパソコンと言われていますが、パソコンとは呼ばれない情報処理装置としてはもっと以前からありました。1970年のIBMの mode5100やヒューレットパッカードの mode9830 9835などがあげられます。しかしこれらの情報処理装置はとても高価なもので、個人では使えるものでもなく大企業しか購入できるものではありませんでした。その後、8bitsのマイクロプロセッサを用いた小規模ではありますが、個人の計算やデータを処理するものがでてきましたが、パソコンが生まれる前の歴史という感じでしょうかね。

そしてパソコンの歴史の前のコンピューターの歴史というものを見ていくなら、世界最初のコンピュータはENIACでしょうか。
これは弾道計算用に開発されたもので真空管をなんと18800本も必要なるというものでした。そしてこのENIACですが、現在のパソコンのようにプログラムを記憶ということが出来なかったので、プログラムはそのつど配線を変えて行っていたようです。

パソコン用語には難しくてわからないものも多いと思いますが、パソコンの歴史を見ていくとパソコン用語がどうしてそうなったのかとか見ていくことが出来ます。