11月 19th, 2009
ちょっとパソコンの歴史という部分から話はそれますが、現在大人気のipod、こちらを作っているのは米国のアップル社だとはみなさんご存じだと思います。
アップル社の製品は外観が美しく操作性もよいので、根強い人気を誇っています。アップル社といえばmacですが15年前ほどにはOSが不安定といった評価が定着していましたね。現在ではそんなこともないのですが。
このmacの生みの親。スティーブ・ジョブズは1977年、盟友スティーブ・ウォズニアックらとともにアップル社を法人化しました。
同年リリースされたappleIIの大ヒットにより1980年には株式公開を果たし、会社は順調な成長をとげます。
ですが妥協を許さない完璧守秘からくる独断性ン高の振る舞いなどから、ジョブズは時世代パソコン・リサの開発プロジェクトから外され、社内で別に動いていたmac開発を率いrことになり、1984年にmacは発売されました。
macはヒットしたのですが、ずさんな需要計画などによってアップル社に赤字をもたらし、自分の所有するアップル社の株式1株だけ残し、ほかの株を売却して社を去ることになりました。
アップル社もウィンドウズ95の大ヒットにより、次第に苦境に立たされていきます。
そんななか1996年、アップル社は時期macOSの外部調達を決断します。そこで採用されたのはジョブズが立ち上げたnext社のOPENSTEPでした。こうしてジョブズはアップル社に復帰するのです。
その後、macOS8をリリース、imacの大ヒットと続きアップル社のらしさを取り戻します。ipodも大ヒットしていますね。
このアップル社の歴史を語ることで欠かすことのできないジョブズ。ライバル企業の経営者をも惹き付ける人間的魅力で知られていますね。
Posted in 雑記 |
11月 9th, 2009
ところで日本におけるパソコンの歴史はどうなのでしょう。
パソコンの料明記においては主にアメリカからの輸入品と互換機によって占められていましたが、次第に独自アーキテクスチャの製品を製造販売するようになって、発展途上の処理能力に乏しい時期には日本語処置に独自の漢字表示機構を必要などした事情から、一時代を築きました。
しかし、処理能力の向上により漢字ひょじもソフトウェアにて実現することが可能となったため、現在ではウィンドウズおよびPC/AT互換機の組み合わせが普及することになりました。
日本でのパソコンの料明記にはアメリカと同様にエンジニアなどが独自に部品を調達して、ワンボードマイコ等を設計製作し、または輸入されたキットなどが秋葉原での電子デバイス店などの小売店で細々と売られる程度でしたが、アメリカでアツティア8800とその互換機が登場するとこれらの輸入品をおもに取りあつかう店舗も登場するようになり、個人向けマイクロコンピューターの歴史が始まりました。
その後、国産のマイコンに連なる最初のパソコンのもととなる製品は日本電気こと現在のNECからはtバイされたTK-80というものでした。もともとは8080互換マイクロプロセッサの評価・教育ツールでした。
本家のインテルでは評価キットにテレタイプ端末を壮だ鄭したデバッグモニタがついた高性能の物を発売しましたが、高価で流通はしませんでした。
これに対してTK-80は16進キーボードとLED表示器がついただけのものでしたが、企画当初の予想を超えたベストセラーになりました。
Posted in 歴史をみて学ぶ |
10月 13th, 2009
パソコンのスタンダードとなったwindowsパソコンはもともとはIBMが作ったPC/ATというパソコンが元になっているのはしっていますよね。
ウィンドウスのパソコンのことをPC/AT互換性機やDOS/Vパソコンと呼ばれるのはこの為です。
アップル者もOSもハードも自社製品にこだわってパソコンを作りますが、IBMはOSにマイクロソフトのMS-DOSを採用し、なおかつ自社で作ったパソコンであるPC/ATの内部仕様を公開しています。
日本の歴史では日本語をあつかう為ハード的に日本語を処理する機能が必要なのです、その為日本語を扱えるPCというのが、事実上PC-9800シリーズしかない状況です。そのような状況の中1990年IBMがMS-DOSに日本語のソフトウェア的に処理する機能が付いているDOS/Vを発売の為これにより海外に向けて販売を行う国内メーカーのパソコンをはじめ、世界中のPC/AT互換機パソコンで日本語を扱えるようになります。そしてそれらのパソコンが国内市場に抽出することになってパコソンの低価格化と普及が進んだのですが、2004年にIBMはパソコン事業から撤退が決まることに。事業を継続しても負債を重ねるだけと判断した結果なのでしょうが、現在のパソコンの基礎を築いたIBMが撤退というのは衝撃を受けたパソコンの歴史的なニュースだと思います。
このことは一つのパソコンの歴史の時代が終わったといっても過言ではないでしょうね。
パソコンの歴史を築いてパソコンの巨人といわれるIBMですがパソコン事業は中国最大手のレノボグループに売却され、これによりレノボは世界第三位のパソコンメーカーになることに。これからのパソコンの歴史がどうなるか楽しみですね。
Posted in 歴史をみて学ぶ |
9月 9th, 2009
パソコンの歴史をみていくとIBMがオープンアーティクチャにしたおかげで互換性のあるパソコンというのが増えてきました。ですが内部公開するということは違う会社も同じパソコンを作れることになりますよね。売れている互換性のあるパソコンを作ればまた売れることになります。
このためコンパックやデル、東芝、NECもPC/TPの互換機を発売し始めました。パソコンの歴史としてみれば各社が競い合って安く性能のいいパソコンが出来るということでいいことなのですが、そのPC/PTの最初の発売元のIBMは次第に自分の会社のパソコンから手を離れることになりました。IBMの貢献はすごいことなのですがIBMとしてはこのことは誤算だったのでしょうね。
これを受けてIBMは次に発売したものはクローズオープンアーキテクチャにしたのですが、もう時代は互換性のあるパソコンにユーザーが流れていて結果的に互換性のあるメーカーに軍配があがりました。
パソコンの歴史をみても今の時代も各メーカーが自社専用の規格をめぐってシェア争いをしています。この前あったブルーレイvsHDDVDもそうですよね。
専用サーバや1Uサーバーも今ではどこのメーカーを使っても互換性のあるものになっています。ユーザーからするとどんなに性能の良いものでも互換性がないととても使いつらいものになります。パソコンの歴史をみてみるとわかるのですが、誰でも使えるということがまず大事ですよね。
Posted in 歴史をみて学ぶ |
7月 25th, 2009
世界でのパソコンの最初の歴史を見てきましたが、日本のパソコンの最初の歴史といくのはどうなんでしょうか?
日本で最初に発売されたパソコンというのはアルテア8800が発売されて2年後。日本電気㈱(NEC)がマイクロプロセッサの需要の拡大を狙って発売したTK-80だとい言われています。その当時での発売価格が10万ほどでした。現在からみると子どものゲームより性能の低いものですが、当時としては画期的な低価格でした。そんなTK-80のスペックはCPUがμPD8080A メモリが512バイト。
これが発売されることになって日本でもマイクロプロセッサのブームがやってくる歴史があります。
それから世界のパソコンの歴史というのは急速に発達していきます。日本でもメーカーごとに異なるアーキテクチャのパソコンが発売されたのですが、そのころ海外ではパソコンのアーキテクチャは一つに絞られ始められていました。
というもはあのコンピュター業界の巨人ことIBMのPCアーキテクチャです。今現在互換性のあるルーツを作ったのはこのIBMPCが誕生したためなのです。1981年に発売されたIBMのPCは発売後すぐさまヒットして現在のパソコンの歴史に大きな影響を与えた会社の一つです。
コンピューター業界の巨人IBMといわれるようになったのもこのおかげだと思います。
現在パソコンでマックでもウィンでも色々なものがダビングできたり、サーバー販売でサーバーを買えばすぐ自宅でもサーバーが設置したり出来るようになったのも、IBMでの規格統一のパソコンの歴史があったからかもしれませんね。
Posted in パソコンメーカー |
6月 20th, 2009
前回も少し書きましたが、パソコンの歴史を見ていくとビルゲイツの偉業が見えてきます。
パソコンの歴史でビルゲイツが何をしたかというと、前回も書いたようにアルテア8800の言語「BASIC」を開発した所から始まります。
ポールアレンとゲイツはBASICを開発したと、MITS社のディレクターとなりゲイツとともにアルテア8800用BASICを販売する現在ではパソコンの最大の企業マイクロソフト社を設立しました。最初のマイクロソフト社はmaicro-softとハイフンが入っていましたが、今では省略されmicrosoft社となっています。
パソコンの歴史でいうならこのMITS社のアルテアが最初のパソコンと言われていますが、パソコンとは呼ばれない情報処理装置としてはもっと以前からありました。1970年のIBMの mode5100やヒューレットパッカードの mode9830 9835などがあげられます。しかしこれらの情報処理装置はとても高価なもので、個人では使えるものでもなく大企業しか購入できるものではありませんでした。その後、8bitsのマイクロプロセッサを用いた小規模ではありますが、個人の計算やデータを処理するものがでてきましたが、パソコンが生まれる前の歴史という感じでしょうかね。
そしてパソコンの歴史の前のコンピューターの歴史というものを見ていくなら、世界最初のコンピュータはENIACでしょうか。
これは弾道計算用に開発されたもので真空管をなんと18800本も必要なるというものでした。そしてこのENIACですが、現在のパソコンのようにプログラムを記憶ということが出来なかったので、プログラムはそのつど配線を変えて行っていたようです。
パソコン用語には難しくてわからないものも多いと思いますが、パソコンの歴史を見ていくとパソコン用語がどうしてそうなったのかとか見ていくことが出来ます。
Posted in 最初のパソコン |
5月 17th, 2009
パソコンの歴史
そんな世界に衝撃を与えたアルテア8800ですが、ハネウェル社の社員であったポールアレンが、ハーバード大学に在籍していたかの有名なビルゲイツとともにアルテア8800用のコンピュータ言語の{BASIC}を開発しました。パソコンの歴史でビルゲイツは欠かせない存在なのはこのころからです。
ちなみに余談ですが、パソコンの歴史といっていますがこのパソコンという名前、(正式にはパーソナルコンピューターといいますが)アルテアを開発したエドロバーツが考えだした名称になります。パソコンの歴史を見ていく上でエドロバーツはパソコンの母という存在になるのではないでしょうか。
世界で最初のパソコンアルテア8800なのですが、当時の販売価格で約500ドル。日本円にしたら今いくらでしょうか?5億でしょうか・・・とても買えませんね。パソコンの歴史をみていくとこんなに性能のよいものは今では10万円ほどで変えてしまうという進歩した世の中。きっと歴史上でもここまで急激に進歩したものは他になにかありますかねぇ。
ちなみにこの世界で最初のパソコンアルテア8800なんですが、今でもパソコンの半導体会社で有名なインテルの8080チップを使っていました。インテルはここから始まったといってもよいでしょうね。
パソコンの選び方にインテルの入っているパソコンをなんてことを聞くと思います。パソコンの選び方にインテルのというのはやはり老舗ブランドのという意味もありますが、パソコンの歴史を見ているとインテルのチップというのはいつでも時代の最先端をいっていますね。
Posted in 最初のパソコン |
4月 16th, 2009
ネットショップを開業して1年目になります。
もともとは自営業で商売していたのですが、最近のネット商売の発展を見て自分もネットショップを始めようかと思ったのがきっかけでした。最初はパソコンの使い方も分からず、四苦八苦な毎日でしたが、日々のパソコンを触っているうちになんとか理解していき、ネットショップの売上も徐々に上がっていきました。
そんな毎日でしたのでパソコンのことを勉強していてパソコンの歴史を色々知ることになりました。現在のパソコンと過去のパソコンでは出来ることもすごい勢いで進歩していて、パソコンの進化というはめざましいいものだと思います。
そこで私がパソコンを学んでいて知ったパソコンの歴史を紹介していきたいと思います。
パソコンを使うIT業界の人でもなく、パソコンを本格的に学んだ訳でもないので趣味の範囲での知識ですが、どうぞお付き合いのほうをよろしくお願いします。
パソコンの歴史をしっていると現在のパソコンがどれだけ進歩してすごいのかということを改めて感じます。そんなパソコンの歴史に触れてみて、現在のパソコンを見直してみてはいかがでしょうか。歴史をしることでもっとパソコンに詳しくなるかもですよ。
パソコンの歴史は諸説あるのですが、世界で最初のパソコンというのはアメリカのMITS社が1974年に開発したアルテア8800といわれています。スペックを見てみますとCPUは2MHz、メモリが256バイトというもの。現在のパソコンに比べますと、今では全然使えないスペックですが当時ではとても画期的なハードウェアとして衝撃を与えました。
Posted in 最初のパソコン |